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酷く不愛想な実演販売の手品師を見た

某デパートにある玩具売場の片隅で、手品を披露しながらトランプを販売する、酷く無愛想な男(三十歳前後)を見たことがある。

当時大学生だった私は、この男に興味を抱き、2週間ほど毎日、“張り込んだ”ことがある。

男の前に客がいることは、滅多になかった。その理由は、彼が酷く無口で、無表情で、不愛想で、おおよそ客商売というものに不向なだけではない。

男が手品を披露しているその場所は、客の目には付きにくい、「本当にトランプを売る気があるのだろうか?」と突っ込みたくなるような、エスカレーターの上り口のすぐ脇にあるからだ。客の大多数は、彼の存在に気付くことなく、上の階へ次々と消えてゆく。

目の前に客がいないにもかかわらず、男は決してサボろうとはしない。まるで電源に接続されたロボットのように、淡々とカードマジックを披露し続ける。

男はゼンジー北京やマギー史郎のような、トークを交えた人情派の手品をしない。かといって、ミスターマリックのような、強烈なエンターテナー性もない。なんべんも言うが、一貫して無表情かつ、不愛想なのだ。

ごくまれに、彼を見つけた小学生が、見物していることがある。

しかし彼は、

(俺はお前らなど眼中にない)

と言わんばかりに、「この俺に、話しかけるなよ」というオーラを発し、子供らの存在を己の視界から消し去るがごとく、一切無視。

ステッキの中から煙とともに鳩が出てくる、派手でお茶目な手品ならともかく、トランプを使った地味な手品ということもあろう。

また、あまりにも無機質な彼の雰囲気に、一種の薄気味悪さを感じるのであろう。最初は興味深げに見ていた子供たちは、静かにその場を立ち去ってゆく。

ある日、50歳くらいのオバチャンが手品師を見つけるや否や、彼のもとにつかつかと歩み寄っていった。

「お、これは珍しい。手品に興味があるのだな? それともトランプ購入か?」

と思って見ていると、オバチャンはカードを操る彼に向かい、近所の魚屋の兄チャンに話しかけるようなくだけた口調で、

「ちょっとお兄さん、婦人服売場はどこなの?」

と問うた。

彼は急遽手品を止め、一瞬オバチャンを、ギロリとニラんだかと思うと、やや怒気を含んだ口ぶりで言った。

「知りません」

 

次の日、その玩具売場から手品師の姿は消えていた。

 

さて、下記のカリスマ実演販売人によれば、実演販売には「外してはいけない3つの柱」があるのだという。

僕は実演販売を15年にわたってやってきたなかで、外してはいけない3本柱があることに気付きました。商品力、宣伝力、ロケーションの3つです。3本柱のバランスが取れたとき、ものすごくいい売り上げが出るのです。

商品力に関しては僕の場合、季節に関係なく売れるものと考えて、ドイツ製のハンガーに行き着きました。宣伝力とは僕たち実演販売をする人間の仕事そのものです。そしてロケーションに関しては、やはりお客様が流れているメーン通路角地がいい。なかでも実演販売の世界では天国の場所という意味の「天場所」があります。そのとっておきの場所とは、下りエスカレーター前なのです。なぜか?

その答えは、買い物を終えた人たちが通るからです。上りエスカレーターに乗っている人たちは目的があって移動しているので、まず寄ってきません。ところが買い物を終えた人は余裕があるので、「ほかに何かあるかな」という気持ちになっています。そのとき目の前で実演販売をやっていて、2、3人が見物していたら「ちょっと覗いてみよう」と寄ってくるのです。

出典:カリスマ実演販売人が指南! 短時間で心をつかむ技

お気付きかもしれないが、手品師は上記の3つのすべて、とはいかないまでも、2.7くらいを見事に外している。

オバサンに婦人服売り場を聞かれた彼は、

「俺は手品師だ。店内案内なら、受け付け嬢にでも聞け!」

と言わんばかりに、怒りを露にした。

いくら臨時の実演販売師とはいえ、そのデパートで働く身分。婦人服売場が何階にあるのかを、知らないはずはない(というか、そこで働き、お金をもらう以上、その程度は知っておかなくてはならないと筆者は思う)。

おばさんがお客様センターに怒鳴り込んだ結果、彼はクビになったのだろうか。

それとも実演販売に嫌気がさし、辞めてしまったのか。

真相は分からんが、トランプゲームをするたび、私は彼のことを思い出す。

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