好きな人に嫌われたかもしれない男~世の中には同じ顔の人間が3人いる~
学生時代の友人で、ファッションに詳しい某芸能人似の男がいた。男の名を仮にP吾とでもしておこう。
大学2年の時、P吾は学内にある短大部の女子・B子(仮名)が気になっていた。
好きになる一歩手前、とでも言うべきか。
B子は妖艶な容姿とは裏腹に、サバサバとした姉御肌で、男女問わずに友人が多かった。
P吾も数多い友人の一人だった。
ある日、P吾は学食のテーブルで、B子がお茶しているのを見つけた。
いつもは友人たちとつるむことの多いB子だが、その日は珍しく一人だった。
P吾は「最近、B子が彼氏と別れたらしい」という情報を入手していた。
「チャンス!」
そう思ったP吾はしばらくB子の様子をうかがい、偶然を装いながらB子に声を掛けた。
「偶然グウゼン! 一人?」
B子は一瞬戸惑った表情を見せたが、恋愛は押しだぜ! という案配でP吾はB子の向いに腰掛けた。
B子の気を引こうと、P吾は懸命に喋った。だが彼女は笑うでもなく切り返すわけでもなく、退屈そうにただ頷くだけだった。
時間が過ぎ、やがてP吾は喋るネタが尽きてしまった。
二人はしばし無言になった。気まずい空気が流れた。
その時、突然彼女が顔を上げ、真顔でこう訊ねた。
B子「前から聞こうと思ってたんだけど…」
付き合っている子はいるの? なんて聞かれるのだろうか。
何! 突然の告白!!
P吾は淡い期待を抱きつつ、胸を躍らせた。
B子「間違ってたら申し訳ないんだけど」
P吾「ああ」
B子「アンタさあ」
P吾「ああ」
B子「時々二丁目にいない?」
P吾「はあ?」
B子は一体何を言っているのだろう? 訳が分からず、P吾は聞き返した。
B子「経営学部のリサ、知ってる?」
P吾「いや、知らないけど」
B子「あの子、新宿二丁目のコンビ二でバイトしてるんだけど。アンタにさあ、
そっくりなオネエマンがよく店に来るっていうのよ」
P吾は動揺した。オネエマンとは、姿かたちは男性だが、心は女性の人のことである。
「おいおい、突然何を言いだすのかと思ったら。
そもそもオレ、新宿二丁目には行ったことないぜ! 事実無根だよ!」
自分は断じてオネエマンではない。
リサという女の見間違いだ。
私は潔白だ。
オレをオネエマンだと思ってもらっては困る。
オレは一貫して女性が好きなんだ。
女好きなんだ!
しかも今一番近くにいるこの人を!
B子が抱いている疑念を晴らそうと、P吾はうろたえながらも懸命に弁を振るった。しかし喋れば喋るほど、
B子の目が疑惑に満ちていくのを感じたという。
『あなたのことが好きなのに…嫌わたかもしれない』そう思ったP吾
ぬかるみにはまりこんでいくとは、まさにこのことだった。P吾は動揺した。
「ごめんね、変なこと聞いちゃって。でも私、そんなことで偏見持ったりしない人だから。大丈夫だよ」
B子は気を取り直したようにそう言った。
「何がどう大丈夫なんだ?」そう思いつつもB子に励まされたP吾は、何とか誤解を解こうとした。
しかしB子はひとり納得したように何度も頷いてみせた後、
「あれ、もうこんな時間!」
などと大仰に時計を確認し、
「アタシこれからサークルの会合があるから。お先!」
そう言って去っていった。
人違いだ… それはオレではない…
B子の背中を涙目で追いながら、P吾は胸中叫んだそうだ。
<そっくりさんはこの世に500人くらいいるはず>
世の中には同じ顔の人間が3人いるという。自分と同じ顔の他人が、あと2人いるのだ(統計学上、日本人の そっくりさんは主に中国やモンゴルに存在するといわれている)。
私はよく、“他人(多分)”に間違われる。真夏に東京の下町・浅草近辺を歩いていると、自転車に乗った上半身裸&ステテコ一丁のオッサンに、突然、「よお、ハットリ!」と笑顔で手を振られた(私はハットリではない)。
横浜の温水プールの更衣室で、初めて会った全裸(フリチン)のおじいさんから、「How are you doing! ムトウくん、元気にしてるかね?」と握手を求められたこともある。「私はムトウではない」と答えると、おじいさんは「うーむ、納得できない……」という面持ちで、右手でキンタ〇を持ち上げるような素振りで去っていった(繰り返すが、私はムトウではない)。
学生時代には、友人から「さっきお前と同じ顔の男が学内を歩いていたぞ」と言われ、会いに行ったことがある。二人でその男を探し出し、実際に顔を見てみると、顔の形はやや異なるが、全体的なイメージは確かに似ている。
我々に声をかけられたそっくりさんは、当初、「何なんだコイツらは?」と言わんばかりの怪訝な顔をしていた(当たり前だ)。しかし打ち解けてきた頃には、「確かに横顔が、似ているといえば似ているな」と感想を述べていた。
都内にある某洋食屋さんでは、当時『はぐれ刑事純情派(故・藤田まこと主演)』というテレビドラマに出演していたケイン・コスギに間違われ、店のマスターから、「あれ、今日は地方ロケじゃなかったっけ?(その店の常連だったらしい。ネタではなく実話)」と真顔で質問されたこともある(注:私が32歳の時の話。写真下は現在の私)。
行ってもいない場所で、「お前が歩いているのを見た」ということもやたらと多い。「昨日〇〇で、お前を目撃した」なんて話はしょっちゅうだ。
19歳の時、2つ年上の姉から、「昨日、〇〇の交差点付近で、黒のホンダCR-X(当時の愛車)に乗るアンタを見た。ちなみにアンタは、とっても幸せそうな、満面の笑顔だった」と言われた。
しかしまったく身に覚えがないため、「昨日は丸一日、車に乗っていない」と反撃。ところが、「いや、あれは絶対にアンタだった」と、真顔で念を押された。
「嘘じゃない。昨日見たのは、確かにお前だった」「アンタに間違いない」と確信をもって言われると、「3人どころか、自分と同じ顔の人間が500人くらいいるのでは」と勘ぐりたくなってしまう。
<P吾のオネエマン疑惑はB子の捏造(ねつぞう)なのか?>
話を戻そう。P吾は20代後半に結婚し、子供を3人拵えた、心身ともに生粋の雄である。このことから、経営学部のリサが新宿二丁目で目撃したという、P吾=オネエマンである可能性は、限りなくゼロに近い。つまりリサは、別人と見間違えた可能性がある。
というか、そもそもリサの目撃談自体が怪しく、さらにいえば「リサから聞いた」というB子の話も、極めて胡散臭い。「P吾はファッションに詳しい某芸能人に似ている」ということから、面白おかしく話を捏造(ねつぞう)した、もしくは誇張した可能性もありうる。
推測するに、B子はおそらく、P吾が自分に好意を持っていることに気付いていたのだろう。しかしB子はお世辞にもイケメンとは言い難い、加えて話が特別面白いわけでもないP吾に対し、異性としてまったく興味がなかった。
B子は信ぴょう性に欠ける、『P吾=オネエマンズ疑惑』を、本人の前で“あえて”浮上させることで、P吾からのアタックを事前に阻止。「アナタは女ではなく、男が好きなの。だから私たちは、友人であるべきなの」と、半ば強引に話をまとめた。
B子はモテる女だった。すべての男とはいわないが、かなりの確率で選り好みができる身分にあった。選り好みのできる女にとって、興味のない男からの告白ほど、面倒くさいものはない。
「偶然グウゼン」などと呑気に近付いていったP吾は、こと恋愛に関しては、B子にとって赤子も同然だった。B子は自分をまったく傷付けず、リサからの伝聞を盾に、体よくP吾を追っ払ったわけだ。
<まとめ>
会話のネタが尽きた時点で、P吾はさっさと退散すべきだった。タイミングを外したばっかりに、P吾はB子にその場では否定しきれない、手痛いボディブローを食らうことになった。
B子のような恋愛慣れした、したたかな女性には、「自分は断じてオネエマンではない」などと再三釈明するのは、かえって逆効果だろう。
最初は「鬱陶しい男だ…」と思われ、そのうち「しつこい男だ」と思われ、最後には「どうだっていいよ、そんなこと!」と思われ、果ては「あっち行け!!」と駆逐されるのがオチだからだ。
今にして思えば、P吾はわずかな可能性を信じ、女装&どぎつい化粧で告白するくらいの大胆さがあってもよかった。強烈なインパクトとなって、B子の心を惹きつけたかもしれない。
もちろんこの場合、言葉の選び方や誠意の見せ方など、“さじ加減”を一歩でも誤れば、ドン引きされて未来永劫B子が近寄ってこない。最悪の場合は、悪い意味で後世に語り継がれる「伝説」を作ってしまう可能性があることを忘れてはいけない。
ちなみに上記の一件で、「相手が悪い」「後々厄介なことになる」と悟ったP吾は、その後、B子と距離を置くとともに、即効、他の女子に乗り換えた。
P吾の勘の鋭さと変わり身の早さにも、恐れ入るばかりである。